こんにちはひかるです。
さて、先日はTwitterを始めた話をしておいてなんなんですが、
自分はコミュ障です。
そんな自分がTwitterを出来るのか?
実はまだ一度もツイート出来てません。
いや、はてなブログを連携し投稿情報を流しているだけです。
あくまで自称ですが、何故自分はコミュニケーション障害になったのか、考えてみました。
自分のコミュ障っぽいところ
自分がコミュ障だと思うところは、人と関わることに抵抗を感じてしまうところ。
自ら人に声を掛けようと思えない。
いや、ちょっと違うな。
嫌な人と関わりたくないという気持ちが強い。
世の中には「いい人」もたくさんいると思うんですけど、良い人かどうか分からないから、始めから人と関わることを避けてしまいます。
普通に話すことは出来るんですが、その人と関わりを深めようとせず上部だけの会話になってしまう。
(どーしょもねーな)
人によるんですけどね。
結果、純粋な人が好きなんで二次元で十分とか、一人の世界に入ってしまう傾向があります。
コミュ障になった原因
昔はもっと色んな人とコミュニケーションを取っていた気がする。
それこそ自分から話しかけたりもしていた、
と思う。
何故、コミュ障になったのか?
よく分かりませんが振り返って考えてみました。
きっと数々の裏切りにあったのが、原因なのかな?
例えば昔こんな事がありました。
それはまだ20歳位の時、バイト先であった出来事です。
スーパーで配属された売り場を、数名のメンバーで仕事していました。
そこには年配のおばさんが二人いて、一人は気が強い感じのAさん。
もう一人は大人しめな感じのBさん。
ある日、AさんがBさんを注意していました。
気の強い人って言い方もキツいとこあるんですよね。
側から見ていて、言われているBさんを気の毒に思った自分は、Bさんに声を掛けました。
自分「気にする事ないよ。Aさんは何か言わないと気が済まないだけだから、きっと。」
・・・Bさんはそれといって反応なし。
まあ大人しい人だからね。
その翌日だっただろうか。
Aさんとエレベーターで二人きりになった時の事です。
Aさん「ちょっとひかる(仮名)さん、あんたにそんな事言われる筋合いないんだけど。」
・・
・・・
・・・・・・・
(えっ!?え~~~!)
まさかBさん、Aさんに自分が言った事チクったのか。
慰めのような気遣いで言った事が、こんな風に自分に返ってくるなんて。
衝撃でした。
だから20年も経って今だに記憶に残ってます。
「口は災いの元」 だなと学びました。
そのころは20歳くらいの若造だったのですが、他人に対する警戒心や不信感がこういった出来事で募っていったのかもしれません。
(この時はまだおばさんは怖いって、偏見的な気持ちが強かっただけですが)
話はふっ飛びますが、そこでふと思いました。
コミュ障の人はTwitterしているのか
そもそも他のコミュ障な方々はTwitterやっているのか気になりました。
Twitterで「コミュ障」と検索してみたんです。
すると表示される多くは、
「病み垢」という文字と、「〜繋がりたい」。
「繋がりたい」!?
まず、コミュ障なのに繋がりたいと思える事に?と思ってしまいました。
コミュ障にも色々あるのか・・・。
Twitter社自身は、
「社会的な要素を備えたコミュニケーションネットワーク」(通信網)であると規定
という事だからコミュニケーションツールである事は間違いないだろう。
自分は人と繋がる事に抵抗を感じてしまう為、ただ呟くツイート自体にも勇気が必要なのだ。
一方的に配信するブログはいいけど、TwitterはコメントやDMもある。
反応に対する怖さがあるんですよね。
よくゲームアプリでギルドってあるじゃないですか。
コミュ二ティを作って短いコメントしながら協力するやつです。あのギルドに入る事にすら若干抵抗を感じてしまうから、ゲームも基本的にシングルプレイを選んでしまいます。
それくらい他人と関わるのに抵抗を感じるんです。
それでも「いいね」とか、共感してくれるコメントとかは嬉しいんですけどね。
いや、本当に嬉しいです。
初めから他人と関わるのを避けてしまうところがありますけど、きっと損している部分も大きいんでしょうね。
ブログやtwitterでまずは発信するところから始めましたけど、続けている内に何か変化があるかもしれないなと、感じています。(もちろん怖さもありますが)